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使わなくなった「原始」のちから その1

原始生活を定義してみます。

「自然」という、最も根本的な場所で、

人工物を持たない、根本的な「自分」が生きること。

要は、ピュアな場所で、何も持たないピュアな自分が生きること。

そう考えてみてもよいでしょう。

そんな体験をしてみると、自分の中で眠っている、

ピュアなちから

も活性化してくるんです。

先ずは、根本的な意味での

「生きるちから」。

勿論、色々な「生きるちから」があります。

経済力だって、立派な、生きるちからです。

でも原始技術を体験する際に、自分の中から湧き出てくるもの。

それは何だか凄く、本能的な「生きる」のような気がします。

「自然の住人」の「生きる目的」は、「生きる」ことです。

時には、ただ「生きる」ために、自分の全ての「ちから」を、あてがってみるのもいいと思います。

今週末、皆さんとそんな体験を共有してきます。

といっても、いきなりハードなサバイバルはしません。(笑)

美味しい食事、お風呂、焚き火、お洒落なログハウスコテージ。

そんなやんわりな、原始技術体験です。

原始の自分に出会う – WAN-1

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